足立の昔がたり
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この様子を見た義光は、「これはきっと、戦に勝てるというお告つげにちがいない」と思い、いさんで奥州へ出発していった。すると、このワシのお告げどおり、義光は戦に勝ち、無ぶじ事に帰ってくることができた。それからというもの、花畑の地では、十一月の酉とりの日の夜になるときまって綾瀬川の水が光かがやき、空にはワシがまい上がっているのを目にするようになった。この幸運をもたらしたワシをまつってあるのが大鷲神社だ。ここに出てくる新羅三郎義光のお兄さんは、八はちまん幡太たろう郎義家という、とても有名な源げんじ氏の武士だ。鎌かまくら倉幕ばくふ府を作った源みなもとの頼よりとも朝の曾そうそふ祖父で、足あしかが利尊たかうじ氏もその血を継ついでいるといわれている。もちろん新羅三郎も優すぐれた武士で、笙しょうという楽がっき器の名人としても知られているよ。※奥州→今の山やまがた形県けんと秋あきた田県の一部をのぞく東とうほくちほう北地方のこと。※中秋→昔の暦こよみで、八月十五日のこと。122

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