足立の昔がたり
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とつぜんの家光のおいでにおどろいた住職は、「はいはい、ただいま急いで」と返事をしたけれど、寺の食事といえば、質しっそ素な精しょうじん進料りょうり理だ。とても将軍さまにめしあがってもらうような食べ物の準備はない。困こまりはてた住職は、焼やき豆どうふ腐でもてなすことにした。ふだん自分たちが食べていて、それほどおいしいとは思わないけれど、しかたがない。さっそく焼き豆腐のお吸すいもの物に、村でとれた青あおな菜を浮うかし、おそるおそる差さし出したところ、家光はとてもよろこんだ。このとき以いらい来、国土安穏寺の焼き豆腐は、江えど戸城中では、珍味なもののひとつに数えられたということだ。さらに国土安穏寺には、「誦ずきょう経の祖そし師」のいい伝つたえがある。宗しゅうは派を開いた人を祖師といい、ここでは日にちれん蓮上人をさすが、人びとは親しみを込めて「お祖師さま」と書いて「おそっさま」と呼よんでいる。国土安穏寺は、およそ六百年前、日にっつう通上人という僧そうによって開かれた。もともと日通上人は武ぶけ家の生まれで、一族こぞって法ほけきょう華経の信しんじゃ者だったけれど、とくに日通上人の祖父は信しんこう仰心しんの厚あつい人だった。58

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