足立の昔がたり
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思われる太く大きな欅けやきの木が一本、ゆうゆうと立っていた。この木は、荒川を行き来する舟ふなびと人たちの目じるしとなり、また、道を行く人たちが涼すずしさを求もとめる木かげにもなっていた。ところが、ある夏のこと―日が沈しずんで、じりじりした暑さはいくらかおさまったものの、むし暑さは夜になっても続つづいていた。そこで大久保家では、夕食をすませた後、庭先に縁えんだい台を用意して、家族そろって夕涼みをすることにした。楽しく話しているうちに夜が更ふけ、そろそろ寝ようか……と、みんなが縁台から立ち上がったときだ。門の前にある欅の木の方が、急にポゥッとあかるくなった。みんながおどろいて、そちらの方に目を向けると―なんと、人の頭くらいの大きさの火の玉が、欅のこずえから、フワフワと川の方を向いて飛とんでいくではないか。よく見ると火の玉は、赤みをおびた青白い色をしていて、弾だんりょく力があるように伸のび縮ちぢみしている。そして岸きしべ辺から川の上に移ると、吹きわたる風のためか、少し速度が落ちたように見えた。87

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